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Mother Earth Concert vol.5 HOPE~希望~ 東日本大震災・津波遺児支援

吃音&ATメールセミナー最終回

吃音&ATメールセミナー最終回です。

最後にF.M.アレクサンダーは習慣というものについて吃音と関連して語ります。
非常に分かりやすいまとめになっております。

内容に質問や疑問があれば、
いつでもご遠慮なくbasil@bodychance.jp までメールを下さい。

それではどうぞ。

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39 レッスンの終わり頃に、吃音の癖を克服することはひどい喫煙の習慣をやめるよりもなぜこんなにも難しいのか、とこの生徒は聞いてきました。彼は、かって喫煙常習者だったのですが、この習慣の悪影響が強くなったため、やめなければならないと決心したのだそうです。
最初は、1日に吸うたばこの量を減らすことを試みましたが、決めた本数以下で毎日を過ごすは難しいことでした。そのため、習慣を打ち破るためのただ1つの方法として、たばこを吸うことを全くやめることを決心したのです。
彼はこの決断を実行し、非喫煙者になることができたのだそうです。吃音を克服するために行った努力が、それと同じようには成功しなかったのはなぜかを、今や知りたいと思ったのです。

40 わたしは、その2つの習慣がとても異なった問題を示していることを指摘しました。

41 喫煙者は、日々の生活に必要な活動を中断することなく、たばこを吸わないようにすることができるのです。
たばこを吸い過ぎさせる誘惑は、全てのチェインスモーカーが知っているように、パイプでも葉巻でも巻きたばこでも、今吸っているものがもう1つ吸うことの刺激として作用することから来ています。
たばこを吸うことをやめてしまえば、この鎖を断ち切ることになるのです。

42 他方吃音者は、話すことを、これは仲間との日々の付き合いに欠かすことのできないものなので、やめることはできません。
話すたびごとに、発声器官と舌と唇の慣れ親しんだ誤った使い方に戻ろうという誘惑の中に投げ込まれてしまい、その結果吃音してしまうのです。
愛煙家が、たばこを吸いたいという刺激から逃れようと思うときに行う方法では、吃音者は吃音からは逃れることはできないので、抑えるためにはもっと根本的な方法が要求されるのです。

43 話すという行為を充分にコントロールするためには、関係するメカニズムの全体的な使い方のレベルを充分に高くすることが必要です。
舌と唇を充分に良く使えるかと、呼吸と発声の器官のコントロールのレベルを必要以上のものにできるかは、全体的な使い方がどうかに左右されるからです。
このため、どの吃音者も、わたしたちが見てきたように、全体的なメカニズムの使い方が悪くなっていて、その癖を直そうとするときに打ち勝ちがたい障害になっているのです。

44 愛煙家にとって状況は大きく異なります。
喫煙という行動については、そのような高いレベルのメカニズムの使い方はなんら要求されないからです。
使い方の悪い状態がその人にいかに見られるにせよ、それがある特定の習慣(この場合はたばこを吸うという習慣)に打ち勝つことの妨げになることは、比較的少ないのです。

45 さらにこの事例には他の要素があります。
愛煙家が打ち勝とうとする習慣は、ある願いを満足させようとして自ら発達させたものであるということです。
他方、吃音者が取り組んでいる習慣は、ある願いを満足させようとして自ら発達させたものではなく、徐々に大きくなって自分のメカニズムの使い方の一部となってしまい、毎日の生活の全ての行動に使われるようになってしまったものなのです。
このことは、喫煙の習慣が根深いものではなく比較的容易に打ち勝つことができるものであるために、生徒が独力で喫煙の習慣を克服できたことと、
吃音に関しては、先生――話すときの舌と唇と発声器官の正しい使い方と人間メカニズム全体の充分に良い使い方を教える手段を知っている先生のことです――の手助けなしには対処することができなかった、ことの説明になります。

46吃音のような欠陥をなくそうとするときのプロセスには、先生と生徒の両方に忍耐と技術(patience and skill)が必要だとわたしは強調したいと思います。なぜなら、わたしたちが見てきたように、それは次のことを要求するからです。

(1) エネルギーの本能的な方向性を抑制(inhibition of the instinctive direction of energy)すること。これは間違った使い方による慣れた感覚経験が起こるときに生じていました。

(2) その代りに、エネルギーの意識的な方向性を作り上げること(the building up in its place of a conscious direction of energy)。これは、新しい良い使い方により不慣れな感覚体験を繰り返し体験することで達成されます。

47 刺激に対する反応を変えるための手段として、慣れたものから不慣れな新しい道筋に沿ってエネルギーを方向づけようとするプロセス(process of directing energy out of familiar into new and unfamiliar paths)には、先生と生徒の両方に”既知から未知への移行”をするための能力がますます必要となります。*
このことから、これは、人間全体の成長と発展に関係する全ての原則にあてはまるプロセスであると言えるのです。

48 この章を書いた後に、この生徒から手紙を受け取りました。彼の許可を得たので、この手紙の一部を次に引用します。使い方の改善についての感覚的な気づき(sensory awareness of an improvement in use)について、興味を引くことでしょう。

~ずっと連絡しなかったことを、あなたとあなたのワークに関心を失ったからだと思わないでください。その反対なのです。わたしは、他のことにはほとんど関心を持ちませんでした。・・・・もし今年もう一度行くことができれば、かなりの進歩を遂げるだろうことについての自信があります~

~わたしは何か本当に新しい体験を受けのるに機が熟した状態になっていると確信できるまでに、楽観的になっています。・・・・わたしは、背中が働き出し(back working)て、あごがリラックスするようになった、と今や感じるまでになっています。まっすぐ立ち続けるためにあごの筋肉を前は使っていたのだ、と本当に思います。話すときに、舌と唇をあまりに使ってこなかったことを感じていますが、実際のところほとんど使っていなかったのです。これからの希望を持っているのは、わたしの感覚認識(sensory appreciation)がこのように大きく改善されたからなのです。~

おわり

特別セミナー
「吃音にお悩みの方のためのアレクサンダー・テクニーク」
講師:眞田由佳(講師略歴:goo.gl/wxdCu)
日時:10/21、11/4、12/9
いずれも金曜 20:00~21:00
定員:いずれも 5名
参加費:¥3,150
場所:目黒BODCHANCEスタジオ(地図:http://www.neo-asp2.com/~user1784/neo/neo.php?33rqc7vvjve
内容詳細:こちらhttp://www.neo-asp2.com/~user1784/neo/neo.php?vnhqc7vvjve
お申し込み:TEl 0120-844-882  メール office@bodychance.jp

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吃音&ATメールセミナー第3回

吃音&ATメールセミナー第3回です。

ここからF.M.アレクサンダーは、新しい使い方がいかに不慣れな感覚を伴うものか、
そして新しい経験を重ねて新しい感覚に慣れるには、論理的に自分を導いていくひつようがあるか、
強調しています。

慣れ、という人間の持つ高い能力が諸刃の剣であることがよく分かります。

内容に質問や疑問があれば、
いつでもご遠慮なくbasil@bodychance.jp までメールを下さい。

それではどうぞ。

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30 この生徒の事例に見られたことは、全ての人に実際に起こっています。

31 生徒がレッスンを始めたとき、まだ自分のメカニズムの使い方が不十分なので、自分の使い方についての以前の本能的な方向性を抑制することができません。
新しい使い方の方向性は働くことができないのです。
わたしが助けを出す機会を得る前に、生徒は習慣的な誤った使い方により結果を得ようとしてしまうのです。
このようなときに、彼に結果を得ることをやめさせることは実際的に不可能です。

32 レッスンが進むと、生徒は自分の使い方の本能的な方向性を抑制することを学び、新しい使い方の方向性が働くようになります。そして、それによりわたしが適切な感覚経験を与えることができるようになるのです。
でも、今度はそのとき、結果の達成を可能にする最良の状態が自分のものになっているのに、生徒はいかなる試みもしようとしなくなるのです。
そのときの改善された状態を使っては、結果を得ることができるとは思えないのです。
彼らが言う所の「とても間違ったものに感じられる(feel so wrong)」ため、それを使うことを本能的に拒絶してしまうのです。

33 この難題が生じたとき、わたしは、彼には誤って感じられるメカニズムの使い方により結果を達成する、という実体験を与えます。
それがうまくいったとき、生徒はいつも、新しい方法は前の方法に比べてなんて楽なのだろう、なんて努力がいらないのだろう、と言うのです。
このように受け入れられても、新しい方法により結果を達成するという実体験は、繰り返し繰り返し与えられなければなりません。
改善された使い方が「正しいと感じられる」ようになり、それを使うことに必要な確信を得る必要があるのです。

34 これら全てのことから得られる教訓として、わたしたちの刺激に対する反応の仕方は、慣れた使い方の習慣によるものなので、与えられた結果の達成を試みることが誘因(incentive)となり、その慣れた使い方に結びつかざるを得ないのです。
このことが、生徒の慣れた使い方が変化していき、刺激に対する反応の習慣的な方法とは全く異なった不慣れなものになったとき、なぜ生徒は与えられた結果を得ることの誘因を全くと言っていいほど持てないかを、説明してくれます。
ある人の使い方の状態とそれに伴う感覚が間違ったものになっているとき、慣れている間違った使い方で与えられた結果を達成しようという誘惑は抵抗できないものです。
一方、状態が結果の達成という目的のために最良になったときには、結果の達成させる誘因が実質的になくなってしまうらしいのです。

35 これは驚くにあたりません。なぜなら、ある人の自分の使い方の感覚認識が間違っていて、何ができて何ができないかという思いが自分の感じ方によるとき、不慣れな方法により結果を得ようとすることは、暗闇の中で真っ逆さまに落ちていくようなものです。
生徒に困難がなぜ起きるかを説明し、彼が”知的に”その理由を理解しているときでさえ、新しく不慣れな手段により指示された結果を得る経験を可能にするには、そのことへの多大な励ましと実際的な手助けを、何度も何度も与える必要があります。
これがなされたならば、彼は、繰り返し行いたいと願っている新しい経験を意識することができて、体験を重ねることにより、まもなく以前の思い込みと判断が誤りであったと納得します。
その結果、彼の中に新しい使い方を行おうとする誘因が発達していき、ついには前の使い方を行おうとする誘因を凌駕することになるのです。
なぜなら、誘因の発達は、彼が意識的に操れるようになった――それも、今までに経験したことの無かった確信を持ってです――論理的な方法(reasoned procedure)による結果だからです。

36 人間特性の最も特徴的なことの1つに、自分自身と外部の環境の両方について、それが良いものでも悪いものでも、ほぼどんな状況にも慣れていく能力があります。
ある状況に一度慣れたならば、それは正しく自然に感じられます。
この能力は、望ましい状況に適応しようとするときには恩恵になりますが、望ましくない状況のときは大きな危険となりうる可能性があります。
感覚認識が信頼できないとき、自分自身の誤用(misuse of himself)が深刻なほど有害になっている状態に慣れてしまい、その悪い状態が正しく快適に思えることもあり得るのです。

37 わたしが教えてきた経験から言うと、生徒がその状態に長くいればいるほど、それはなじみ深く正しく感じられるものになり、どんなに生徒がそれを強く望んだとしても、克服することを教えることはより難しくなります。
言い換えれば、新しくてより良い自分の使い方を学ぼうとする能力は、概して、人間有機体の誤用の程度と、その有害な状態をどのくらい続けたかに反比例するのです。

38 欠陥・異常・悪癖をなくすための手段として、人間有機体全体のメカニズムの使い方と機能の改善する手順についてのプランを考えようとする人は、この点を理解し実際に取り入れていく必要があります。

次回に続く

特別セミナー
「吃音にお悩みの方のためのアレクサンダー・テクニーク」
講師:眞田由佳(講師略歴:goo.gl/wxdCu)
日時:10/21、11/4、12/9
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吃音&AT第2回

吃音&AT第2回です。

今回ご紹介する部分では、F.M.アレクサンダーは吃音に対してアレクサンダーテクニークを
使う過程を細かく技術的に述べていきます。

その中で、「正しくやろう」という気持ちがいかに吃音の隠れた原因となる緊張を引き起こしているかが
浮かび上がっています。

「正しくやりたい」という誰しもが持つ衝動的な気持ち。

それが「うまくいかなくさせるパターン」のきっかけになっている。

ある結果を求めて衝動的に動く、その無意識的なパターンの連鎖を根気よく
見つけ出し、ひとつひとつ置き換えていく。

パズルのようなゲームのようなそんな見事なコーチング過程が見えます。
その中で、F.M.アレクサンダーは「人間は全体がお互いにバランスを取り合うひとつの有機体」であること
を念頭に進める事の重要性を強調しています。

それでは、どうぞ。

内容に質問や疑問があれば、
いつでもご遠慮なくbasil@bodychance.jp までメールを下さい。

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9 わたしは、彼に次のことを与えることから始めました。

(1)必要以上の緊張を伴う習慣的で誤った使い方を抑制するための方向性habitual use)
(2)プライマリコントロール――適正な筋肉緊張を伴う改善された新しい使い方をもたらしてくれるもの――を使うための方向性

10 彼にこれらの方向性を出す(project)ように指示し、手を使って、これら方向性に対応する新しい使い方の感覚体験(new sensory experiences of use)を与えました。
彼が自分のメカニズムの使い方の感覚認識(sensory appreciation)の信頼性を徐々に回復していき、やがては、話すことに適正な緊張(吃音のときに起こる過度の緊張とはまったく異なっています)が分かるようにです。

11 新しい使い方の感覚体験を十分に繰り返し、話すとき、特に難しい子音を発音するために、彼が新しい”ミーンズウェアバイ”を使えるまでなった、とわたしが判断するまでこれを続けました。

12生徒をこの段階に至らせるためのさまざまな教師の技術について、ここに詳細に記すことはスペースの関係でできません。
何が必要か、どれほど困難であるかについては、生徒によって異なり、当然それに対するテクニークも違ったものになるからです。
でも、読者が、新しい”ミーンズ ウェアバイ”を朗誦に初めて使おうとしたときにわたしが出会った困難の説明を読んでいたならば、「頑固な”エンドゲイナー”だった。」と生徒を言う時に、初めからいかに難しいものであったかを理解することでしょう。

13 わたしたちが一緒にワークし始めたこの新たな段階の最初に、エンドゲイニングと”正しくしよう”とする習慣が、これまでの進歩をいかに邪魔してきたかについて考えてもらいました。
そして、それらをやめることができなければ、新たな”ミーンズウェアバイ”を話すときの障害に対して使えないだろう、と忠告しました。
難しい単語を発音しようという重要な瞬間に、依然として直接的に結果を求めて、彼にとって”正しいと感じられる”方法でその単語を言おうとするならば、話すときの前の習慣的な使い方に戻ってしまわざるを得ず、それは吃音させてしまうからです。

14 生徒にとって、この警告を実際に取り入れることがいかに困難かを、後の出来事が示しています。
ある音や単語を声に出すようにわたしが指示するたびごとにその音や単語を発音しようという試みを拒否し、目的のために最善と決めた新しい方向性を考えてそれを使う(think out and employ)ことに時間をかけることで、その要求に対する前の習慣的な反応を抑制することをわたしは繰り返し促したのです。
彼はこれに同意しますが、わたしが何らかの音や単語を声に出すように言うと、声からの刺激への反応を抑制することができずに、使うように指示された新しい方向性のことは全て忘れて、直ちにその音を出そうとしてしまうのです。
その結果、彼はすぐに前の使い方の習慣に支配されてしまい、彼には正しく思える極度の筋肉緊張を起こし、以前と同じひどい吃音をしてしまうのです。

15 わたしが教えてきた中で、刺激に対して余りに性急に反応してしまう習慣を持った吃音者の誰もが、その感覚認識は信頼できなくなっていて、余計な筋肉緊張があり、エネルギーが誤って方向づけされています。
その上、この生徒の場合は、吃音を”治療(cure)”するために前の先生が使った方法により、直接的に結果を得ようとすることとそうしながら”正しく感じ”ようとすることを訓練してしまっていたのです。

16 吃音をある部分だけの(specific)欠陥として扱っている――それが従来の方法であるか、新しい方法であるかは問題ではありません――先生が指示するどの訓練も、その根底に”エンドゲイニング”原理があるように見えます。
例として、TとDで始まる単語の発音に問題のあるわたしの生徒に対して与えられた練習を取り上げましょう。

17 前の先生は、彼の舌と唇の使い方がこの2つの子音を発音しているときに良くないことに気づきました。
そして、障害をなくすために、TとDを言う時、それら特定部分をどう使うかという練習を指示しました。

18 実は、この方法は障害を悪化させるだけです。
TやDを言うというその考え自体が、舌と唇の間違った使い方を伴う習慣的な使い方をさせてしまう誘因(incentive)として作用するからです。
この誤った習慣的な使い方が変わらない限りは、その間違った使い方は残り、彼はこの誘因から逃げるチャンスはないのです。
そのため、この状況下で、彼に吃音を直すためにTやDを言うことを練習することを指示するということは、吃音するためのさらなる誘因を与えることに等しいのです。

19 これは、彼がその練習を実際にやって見せてくれた時に、わたしが観察したことから考えたことです。
わたしはじっくりと彼のことを観察しました。練習を始めるや否や、すぐに全体的な緊張を起こし、その次に唇や頬、舌の筋肉の緊張度を増していき、TとDを発音しようとすることを見ました。
舌を目的のために最適な位置に持ってくる前にです。
この試みが失敗せざるを得ないのは、車の運転手が、クラッチの歯が正しく噛み合う位置に来る前にギアチェンジを行うことと同じです。
それまでの全ての練習で、彼は成功という結果のための手段(means whereby this could be successfully gained)に取り組む前に、直接的に結果自体を得ようとしてきたことは明らかです。
それらの試みの大多数が失敗に終わったことが自信を失わせ、彼が”エンドゲイニング”の習慣を打破することをさらに難しくしてしまうのです。

20 わたしが知る限り、吃音を”治療(cure)”しようという方法は、細部では異なってはいても、全て”エンドゲイニング”原理に基づいています。
助言者達は、ある特定の症状を取り上げ吃音の原因とみなし、吃音者を助けようとして部分に対する(全体的でない)指示や練習を与えるのです。

21そのような方法でも吃音をやめさせることができることを、わたしは良く知っています。
でも、だからといって、それが真の”治療” (genuine ‘cure’)で、効果をもたらしたのだ、という普通に思われている考えは疑問です。
なぜなら”治療”がなされたと言われているケースで、話し方におかしな所があったり、口ごもっているような様子がみられるからです。
その上、”治療”の開始時にあった余計な筋肉緊張と、エネルギーが誤って方向づけられていて感覚認識が信頼できない状態が、”治療”が成功したとみなされているにもかかわらずまだはっきり見られることに、関係者は少しも不安に思わないようなのです。

22 ある症状を取り去る過程の中で、他の症状が残っていたり望んでいない新しい症状が現れたならば、その”治療”法は有効とも科学的とも認められないでしょう。
この基準を、前述の方法で”治療”された吃音者にあてはめてみましょう。
最初にあった余分な筋肉緊張や、エネルギーの誤った方向性、感覚認識が信頼できない状態は、”治療”の過程のなかで悪化してしまうことが、実際にとてもしばしば見られるのです。

23 それらの欠陥が再び吃音に戻らすものでない、かも知れないことは認めましょう。
それでも、それはほぼ確実に他の望ましくない症状(それらはたいてい気づかれないままなのです)の悪化につながるのです。
このことは、欠陥や病気を全体を考えない方法で”治療”したときにはいつも起こることです。
そして、とても多くの”治療”が記録されているにもかかわらず、人間有機体の障害は増え続けていて、もっともっと多くの治療が必要になっていることを説明しています。

24 人間有機体の全ての部分に、ワーキングバランス(working balance相互の働きの関連性)があることを覚えておくことは重要です。
このため、どんな活動においても、ある部分(または、いくつかの部分)の使い方は、他の部分の使い方に影響を与えるし、逆も言えます。
本能的な方向性のもとでは、ワーキングバランスは習慣的なものになり、”正しく感じられて”しまいます。
ある部分の使い方の影響がいつ感じられかはさまざまですし、ある部分の使い方の影響の強弱は、その活動を起こさせた目的(結果)からくる刺激の性質(the nature of the stimulus of the end activity desired)によります。
ある部分の使い方の欠陥に気づき、欠陥を直すためにその部分の使い方を変えようとするときに、関係する他の部分の使い方を変えなかったならば、全体の使い方のワーキングバランスが乱れてしまいます。
そのため、関係する他の部分を同時に変えるには何が必要か(それは良いワーキングバランスを作り出し、新しい使い方をしようというときの助けになります)を理解していなければ、次の2つのうちのどちらかが起こらざるを得ません。

(1) “正しく感じられる”習慣的なワーキングバランスの以前の使い方によって結果を得よう、とする刺激がとても強くなってしまい、”間違って感じられる”なじみの無いワーキングバランスを持つ改善された新しい使い方を特定の部分に作りだしたい、という刺激を上回ってしまう。

(2) 他の部分の使い方がさせないようしているにもかかわらず、ある部分の変化を起こしたならば(部分の欠陥を直すときに、全体的でない治療をしたときに良く起こることです)、その部分と他の全ての部分のワーキングバランスは乱れたものになり、この場合は逆に、他の部分の使い方が影響を受け、他の部分の使い方の新たな欠陥を作り出してしまう。

25 指示された練習を生徒が行うのを見た後で、それを行う時に自分の全体的な使い方について前の悪い習慣的な使い方に陥ってしまっていることと、それにより吃音してしまう舌と唇の前の間違った使い方の習慣を実際は強めてしまっていること、を説明しました。
彼が、TとD、さらにその子音を含む単語を吃音することなく自信を持って発声したければ、TとDを発音しようといういかなる刺激に対しても――それが内側からでも外側からのものであっても――、反応することを拒否しなくてはならないことを、もう一度強調しました。
言い換えれば、TとDを発音しようとする考えが起きたときはいつも、正しくそれを言おうとする願いを抑制しなければならないのです。

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吃音&ATメールセミナー第1回

吃音&ATメールセミナー第1回です。

本日より数回に分けて、F.M.アレクサンダー著「自己の使い方」第4章『吃音者』をご紹介致します。

なお、翻訳はアレクサンダー教師石田康裕氏が担当し、その著作権はBODYCHANCEに帰属します。

きょうご紹介する内容で、アレクサンダーテクニークの発見者 F.M.アレクサンダーは
「吃音は全体に関わるメカニズムである」という認識から出発して吃音に関する見解を詳しく述べていきます。

吃音は、決して唇や舌など特定の部分の問題ではなく、そもそも特定の部分の土台である全身、
ひいては精神的状態も直結して生み出される問題だという見解です。

本メールセミナの設置調整を担当した私バジル(BODY CHANCE 通訳)もこの機会に
改めてF.M.アレクサンダーの論理に触れ、それがとにかくまず「全体」という着眼点に基づく
ことに改めて気付かされ、感銘を受けました。

いまでこそ、ホーリスティック医学など「全体」的観点を尊重する流れがありますが、
F.M.は100年前の人物です。

鋭い観察が存分に読めます。

内容に質問や疑問があれば、
いつでもご遠慮なくbasil@bodychance.jp までメールを下さい。

それではどうぞ。

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F.M.アレクサンダー著「自分の使い方」より第4章『吃音者』

1:2つめの例として、話し方に問題のある男性のケースを取り上げましょう。
彼は、助言と援助を求めて私の所に送られてきました。
話し方の障害を扱っている複数の専門家に既に診てもらっていて、与えられた指示を実行し、
練習を行うことに一生懸命取り組んだのだそうです。
舌と唇を使う音を出すときに、彼はいつもとても困難を感じ、それは子音のTとDで特にひどかったのです。
練習では多少なりともうまくできるのですが、普通の会話では依然として悪いままで、
特に急いだり興奮しているときにひどくなりました。

2: 新しい生徒が来たらいつもそうするように、彼が部屋に入ってきて椅子に座るときの様子に、
わたしは特に注意を払いました。彼自身の全体的な使い方が、
普通以上に悪影響を及ぼすものであることは、わたしには明らかでした。
話し始めたときに、
舌と唇の使い方が間違っていること・
頭と首の使い方に欠点がある(certain defects in the use of his head and neck)こと・
喉頭を過度に押しつぶしてしまっていること・
顔と首の筋肉に必要以上の緊張があること、
にも気づきました。
彼の吃音は、話すための器官の使い方だけが誤っているために起こっているのでなく、
彼という有機体の他の部分の使い方が悪く、機能が低下しているために起こっていることを指摘しました。

3: 彼がこのことを疑うので、今まで助けを求めに来た吃音者の誰に対しても、
わたしは舌と唇以外の体の多くの部分で”吃音(stutter)”してしまっていることを示すことができた、と説明しました。

「普通、それらの欠陥は大きくなって、どこかが機能しなくなり”身体的”欠陥とか”精神的”欠陥としてはっきりするまで、
気づかれないか無視されたままなのです。あなたの場合、仕事や仲間との付き合いで邪魔になってしまうので吃音は無視できないわけですが、これは幸運と呼べるかもしれません。わたしが指摘したもっと重大な欠陥があることを、手遅れにならないうちに気づかせてくれたからです。それは時とともに、もっともっと大きくなっていきます。」
と言いました。

長年、吃音者たちの困難と特異性を扱ってきた経験より、
吃音は、全体に関わる原因――すなわち精神的-身体的であるメカニズムの使い方が誤った方向性を持っていること――
による興味深い症状の1つであることを彼に説明しました。
そして、話し方を直すためには、使い方全体の誤った方向性を正すことからまず始める必要があり、
そうでなければ生徒として受け入れないことを伝えました。
もし彼が来ることを決め、わたしが彼のメカニズムの使い方の状態を良く変えることができるならば、
彼の有機体全体の機能にも良い変化が生じ、そのプロセスのなかで吃音も消えるだろうことを約束しました。
彼はこのことを理解し、レッスンを受けることを決めました。

4: わたしの経験から言って、吃音はゴルファーがボールから目を離してしまうことと同じように、
人間メカニズムの習慣的な使い方に誤った方向性があることから起こっています。
どちらの欠陥も、治療には基本的に同じ問題があるのです。
ゴルファーと同じように、吃音者も、習慣になっている使い方の誤った方向性(misdirection of use)を
良いものに変える必要があり、方向性の変わった新しく改善された使い方を作り上げ、定着させるならば、
話すときの特定の困難を解決する手段として、それが実際に使えるようになるのです。

5 この生徒の場合は、誤った習慣的な使い方によって生じているさまざまな顕著な特徴を指摘することから始めました。
中でも、彼が話そうとするときに、自分の有機体全体の筋肉を、
異常に緊張させてしまう習慣があることは、最も際立っていました。
その極端な筋肉緊張が、彼のメカニズム全体の機能を阻害する要因で、舌と唇をうまく使えなくしていました。
吃音をせずに話したいという「気持ち(will)」から、何らかの努力をしようとすればするほど、
既に過度になっている筋肉緊張を増加させてしまい、望む結果が得られなかったのです。

6:習慣的な使い方により緊張を高めていき、話せると感じる(feel that he could speak)までにそれが強くならないと話し始めないからだ、とその理由を説明しました。
すなわち彼は、自分のメカニズムの使い方が最も良い状態だと感覚(feeling)が告げている、その瞬間になって初めて話そうと決めていたのです。
その瞬間というのは、結局は、彼の感覚認識(sensory appreciation)――どの程度の筋肉緊張が必要かを判断する唯一のガイド――が、”正しい”と思うだけの緊張が起こっていると判断したときで、その緊張は彼が話すときに習慣的に行っているもので慣れてしまっているものでした。

7: 残念なことに、正しく感じられる慣れた緊張は、習慣的に彼のメカニズムを誤った使い方をしていることから来る不要なもので、吃音を起こさせてしまう元なのです。
そのため、 “感じ(felling)”――いつ話し始めるのが良いかを決めるときの拠り所にしているもの――が、どれだけの筋肉緊張を必要とするかを判断するときに信頼できない(untrustworthy)、ことを理解してもらい、話そうとするときに”感じ”のガイドに頼らないようすることを、まずやってもらうことにしました。
「話すときに適当な緊張がどのくらいかを感覚体験として知らないのに、どうして、どれだけ緊張すれば良いかを感覚によって判断することができるのですか。」と彼に言いました。
経験したことのない感じ(sensation)を、”知る”ことができないことは明らかです。
その上、感覚体験を話し言葉によって伝えることは不可能なので、緊張が少なくて吃音を起こさない話し方の感覚体験を、わたしは言葉で伝えることはできないのです。
筋肉緊張が少なくても話せると彼に納得させるための唯一の方法は、不慣れな体験を与えることしかありません。

8: このために、ゴルファーにボールを見続ける体験を与えたときに使った手順と同じ原理に基づいた手順を使いました。
わたしの狙いは、第一に、意識的な方向性(conscious direction)――改善されたメカニズム全体の新しい使い方に必要な――を使うという体験を生徒に与えることで、第二に、その意識的な方向性を使い続ける――話すためのメカニズムを、目的のために最も良い方法で使おうとするときにも――という体験を与えることにありました。

次回に続く

特別セミナー
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吃音で困っている人のためのアレクサンダー・テクニーク 

最近わたしが興味を持っている、アレクサンダー・テクニーク。

アレクサンダー・テクニークの発見者 F.M.アレクサンダーが吃音について詳しく述べた章が、これから数通配信されてきますので、シェアしたいと思います。

本日は眞田さんからのお便りです。 下記にシェアいたします。

 

 

こんにちは。
アレクサンダー・テクニーク教師、眞田由佳です。

これを読んでいる方の中には、今吃音で困っている方や、ご家族に吃音の方がいる、
またはお子さんの言葉のつかえが気になる方たちがいるのですね。
私の体験がみなさんの助けになることを願いつつ、このメールを書いています。

吃音というのは、不思議な症状です。
今だに、どうしてこのような症状が起こるのか、原因もわかっていないようです。
いろんな複合要素がからみあっているとも考えられます。

吃音には波があって、すごくうまく話せるときと、自分でも「どうしちゃったの??」と思うくらい言葉が出ないときがあります。
すっごく緊張する場面で、逆にうまくできたり、飼っている猫に話しかけるときにつっかえちゃったり。

自分のことなのに、全然コントロールできない。

これは私が吃音と付き合っていく上で一番困ったことかもしれません。

吃音でない方は、想像してみてください。
まっすぐ歩こうとしているのに、なぜか体が右にまがって道からそれてしまう??
友達が呼んでいるから、そっちに行こうと思っているのに、体がぜんぜん動かない?
「自分で思っているように動いてくれない」
これは困惑しますよーー。

さて、物心ついたときから「ども子ちゃん」だった私は、なんとか吃音を直したくって、いろんな療法を試してみました。
試したことがあまりに沢山ありすぎて、それを書いていたら、このメルマガが終わっちゃう(汗)。
その過程で、「直そうとすればするほど、ひどくなる」ことを体験しました。

(同じようなことを体験した方が、きっといると思います。
この直そうとすればするほどひどくなる、ということの中に吃音を改善していくポイントが隠れています。)

直そうとして悪くなる、直そうとして悪くなる、ことをを繰り返して、
「もうこれは直らないんだなー」と思っていた頃にアレクサンダーと出会いました。
そして、確かにアレクサンダーを身につける道筋でも、悪くなることもあったのですが、それでもゆっくりと確実に、私の「話し方」が変化して行きました。

電話で、自分の携帯番号を相手に伝えることができた(やった!)
それどころか、旅行の予約を電話ですることができた(わお!)
レッスンで、みんなの前で本を朗読することができた(嬉しくて泣けましたよ)

そして、それまでは誰かと話しながらも、心の中で「これは言える言葉だ、これは言えない言葉だからやめておこう」と自分のこれから言う言葉を検閲していたのが、消えました。

「発語しやすい言葉だけを選んで話していた」状態から、「言いたいことを言う」方へ変わったのです。

(吃音に困っていると、それを表に出すのがいやなので、言葉を選びながら話すのです。そうすると、聞いている人にはまったく吃音とわかりませんが、話している本人はとっても制限を感じることがあります。言いたいことよりも「言えること」を優先するのですから)

さてさて、

それまで私が試していた幾多の療法と、アレクサンダーは何が違っていたのでしょう?

私の、何が変わったのでしょう?

アレクサンダーを自分の吃音に応用していく過程で、鍵になったことが三つあります。

ひとつは、さきほどチラッと書いた「直そうとするとひどくなる」ということにどう対処するか。

ふたつめ。自分の今の状態を受け入れる、それと付き合うということ。

最後に、わたし全体、全身の変化。

このメーるでは、お伝えできることは限られているので、本当に最初のポイントをちょっとだけ、説明します。

興味のある方は、ぜひぜひ、実際のレッスンを受けてみていただきたいのです。

吃音は、まだまだ原因がわからないと最初に書きましたが、
吃音での大きな障害のひとつは、そもそもの「吃音そのもの」「その原因」ではなく、
「出にくい言葉をどうにかして出そう、発語しよう、という努力の仕方」によって引き起こされるのです。

「声を出そう」とすることが、逆に声を出す邪魔をしてしまう。

これは経験から納得される方も多いのではないかと思います。

小学校や中学での授業中に答えるとき、また教科書の音読にあたったとき、
自分が、もう「これでもか」というほど全身に力を入れて「声をひねくりだして」いたことを思い出します。
このときの力の入れ方は、再現してみるとよくわかるのですが、たとえて言えばアクセルとブレーキを同時にいっぱい踏んでいるようなことで、
まったく声を出す助けにならないものです。

子供の脳みそで一生懸命がんばっていたのですが、実は自分の願いとは逆のことを(知らずに)やってしまっていたのですね。
そうすると、もともとの吃音に、逆向きにがんばることで自分でさらに吃音をつけたしてしまう結果になっていました。

アレクサンダーのレッスンによって、まずこの「逆向きの努力」が変わりました。
「やみくもに力を入れて、その結果話すことを逆に困難にしている」状態から、
「話す(発声する)ために何が必要なのか考えて、それにそって適切に力を使っていく」ことができるようになったのです。

このメールの後にみなさんのもとに届く、アレクサンダー氏自身が行ったレッスンでも、主にこのポイントにフォーカスを当てていますね。
声が出る仕組みを実際の体の生理にしたがって理解すること、そしてそれ以外の「やりすぎ」をやめていくこと。
そして新しいやり方に充分に時間をかけてあげるること(これはよくある母音をひきのばすようなこととは違います)。

もちろん、これだけでは「もともとの吃音」には変化がありません。
もともとの吃音は筋肉緊張によるものではないからです。
ただ、私がアレクサンダーのレッスンを続けていくうちに、
この「もともとある吃音」と、どう「付き合っていけばいいか」がわかってくるようになりました。
そして「話すこと」以外のレッスン、たとえば歩き方、字の書き方、立ったり座ったりする動き方等々のレッスンを受けることで、
全体の動きのバランスが変わってきました。
それによって「もともとの吃音」も変わってきたと実感しています。

レッスンを受け初めてしばらくしたとき、
「これを、高校生や中学生の頃のわたしが知ることができてたら!」と思って愕然としたのを覚えています。
「良くなりたいという願いを持ちながら、どうしていいかわからなかったあの子に教えてあげられたら」

「話すこと」にはひとそれぞれ、独特の、歴史がありますね。
だから私の体験はあなたの体験とは違うかもしれません。それでもきっとお手伝いできることがあると思っています。

長文をお読みいただき、ありがとうございました。
レッスンでお会いできるのを楽しみにしております。

それでは、明日、アレクサンダー氏の吃音についての解説を配信します。
どうぞお楽しみに。

眞田由佳

レッスン日程はこちら
http://www.neo-asp2.com/~user1784/neo/neo.php?afjfc7vvjve

www.bodychance.jp
0120-844-882
office@bodychance.jp

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失敗は物事を教えるまた学ぶいいチャンス!!

先日、3歳の男児を連れてご相談にいらっしゃったお母さんがいます。

相談内容を言葉に出すことが難しい様子でしたが、お顔の曇りをみていると、何か心にひっかかっている様子がありました。

少し動きの多い子どもさんでしたので、日々の生活の中でお子さんとの関係で悩んでいらっしゃる様子がうかがわれました。

わたしとお母さんが話していると、男児は飽きて、お母さんの鞄の中からペットボトルに入った飲み物を出しました。

お母さんは、「ここではダメよ。」と言いますが、男児は聞いていません。  勝手に蓋を開けて飲み始めました。

わたしは、『お母さん、飲む、飲まないではなくて、ここでは、飲む前に“飲んでいいですか?”と確認することを教えてあげましょう。』と言いました。

男児がまた同じ行動をした時に、わたしは『あれっ? なんて言うんだっけ?』と訊くと、男児は“飲んでもいいですか?”と訊いてくれました。

その時、お母さんがすかさず「だめよ。」と答えてしまいました。 当然男児は、その言葉を無視して飲み始めてしまいました。

タイミングとポイントがずれてしまいました。 これではさっきのやりとりが生きてきません。

さっきのやりとりを生かすためには、男児が“飲んでもいいですか?”と訊いたときに、「いいよ。」と答えてあげる必要があります。

そんなやりとりがありながら、帰り際、男児はある失敗をしてしまいます。

持っていたペットボトルの蓋を閉めていなかったので、ついうっかり中身をこぼしてしまったのです。

お母さんは「だからダメって言ったでしょう。」と怒ってしまいました。

わたしが床にこぼれた中身を一生懸命ふき取っていると、男児がその場に寄ってきて、自分のポケットからハンカチを出して一緒に拭こうとしてくれました。

これこそ見逃してはいけない行動です!!

『お母さん、見ましたか? もう悪かったということは充分わかっていますよ。 自分から拭こうとしてくれました。見てましたか? こぼしたことはもうしかる必要はありません。 あと一つ言ってあげないといけないことは、今度からはちゃんと蓋をして持って歩こうね、ということだけです。』

わたしは男児に言いました。『拭いてくれてありがとうね。 今度からは飲み物を手に持っているときは、ちゃんと蓋をしていないといけませんよ。』

男児はこっくりうなずいてくれました。

「失敗と書いて経験と読む」、と言った方がいます。 まさにそうなのです。

行為だけに目がいってしますと、大事なポイントを見逃してしますので、注意しましょう!!

失敗は物事を教えるいいチャンス、また当人にとっては物事を学ぶいいチャンスなのです♪

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落ち着きのない子

動きが激しくて、検査どころではない男児がいます。
さて、どうしましょう?
その男児は、部屋に入室してすぐに太鼓を発見し、ほしがりました。
わたしは、太鼓とバチを手渡しました。

するとその児は、素晴らしい腰つきで、太鼓を叩き始めました。
叩き方と腰つきが本当に素晴らしく、わたしは本当にびっくりしてしまいました。

思わずご両親に、「どこかで、やったことがあるのですか?」と訊きました。
「いいえ。チンドンやを一度見たことがあるだけです。」とご両親はお答えになりました。

彼の太鼓を中心に、即席音楽隊を結成してみました。
わたしはカスタネット、お母さんには鈴、お父さんにはマラカスを渡しました。
彼の太鼓のリズムに合わせて、それぞれが楽器を奏でました。
なんだかとってもたのしくなってきて、男児もご満悦の様子です。

しばらくそれでたのしみました。

すると、どうでしょう。
男児は自ら検査室へ入っていきました。

何かを強制されることを、子どもは嫌がるものです。
まずは、その子のリズムにこちらが合わせ、こちらを向いてくれるようになったら、こちらのリズムにも合わせてもらう、そんなやり方も大切です。
今回のポイントは、本児の好きなことをやらせたことと、もう一つは、それを通してエネルギーを発散させたことです。
本児は太鼓を叩きながら足を踏み鳴らし、クライマックスにかけてそれは早く激しくなります。 その繰り返しで、内なるエネルギーを外に発散させることができました。

自分もたのしいし、相手も喜んでくれる、そんな時を一緒に過ごすと、子どもはそんな相手の言うことに耳を傾けようとしてくれるものです。

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もし、あの時、あのことがなかったら・・・

3歳後半のお子さんを連れてお母様がご相談にみえました。
「言葉の意味はわかっているのですが、発音がわかりにくく心配です。」と。
出生時の様子をうかがうと、「心音が弱くて誘発剤を使いました。NICUへは12日間入り、輸血2日間、人工呼吸器を1日間つけました。」とおっしゃいます。

「声帯に異常はないですか?」「○○症候群を疑っているのですが?」などと質問をされてくるので、出生時のこと、気管内挿管されたことの影響を非常に心配されてることがわかりました。

実は、このお母様は看護師です。ですから、病気についての知識をいろいろお持ちです。
3歳後半という年齢ですので、発達検査は新版K式発達検査2001を施行しました。
境界域レベルという結果が出ました。

この事実を伝えることも必要ですが、これはあくまでも一つの指標です。大事なことはそれをふまえてどういう対応をしていくかということです。
このお子さんは、コミュニケーション力は非常に高く、ニコニコとかわいらしい、素晴らしい性質をもっていました。
『お母さん、出生時のことをずーっと気にされてきましたね。もし、あの時、あのことがなかったら・・・と思い続けてきませんでしたか?

でもね、それはもう変えようがない事実なのですよ。それはもう起こってしまったことです。そのことを思い続けている限り、それは永遠と続きます。すべてのことをそこと結びつけて考えてしまうのです。

それもあった、でも今、こうして元気に笑っているじゃないですか!
○○くんの笑顔は一級品ですよ。とても素直だし、かわいらしいお子さんです。
これはだれもが授かる能力ではないんですよ。
お勉強ができても笑顔で人とお話することが苦手な子どもさんだっているのです。

○○くんは、まわりの人にとてもかわいがられることになるでしょうし、まわりの人に明るさを与えることができるでしょう。

○○くんにことばだけでの話が伝わりにくかったら、噛み砕いてわかりやすく話してあげてください。それでも伝わらないときは、絵や写真をみせて、わかるようにしてあげてください。 そのような工夫をしていけばいいのです。

子どもさんはどこで伸びをみせるかわかりませんから、発達に関しては経過をみていくといいでしょう。

声帯には異常がある声ではありません。発音は今の段階ではもう少し様子をみていくことです。

せっかくですから、○○くんと過ごす今の時間をたのしんでいきましょう♪♪』
「確かにそうです。主治医にも○○症候群かどうかはわからない。様子をみていくしかないと言われていました。
今まで生まれたときのことが頭から離れなかったのです。
でも、今日ここにきて、本当によかったです。つっかえていたものが外れました。
明るい希望がみえてきました。」
とにっこりと笑顔をみせてくださいました。
この瞬間、このお母さんは出生時の事実を含めて○○くんのことをまるごと受け入れられたのだと思います。
“受け入れる”ことができると、次にすすめるようになります。
そこに時間がかかるときもありますが、このお母さんは瞬時に受け入れることができました。きっと散々苦しんで、ご自分でも変わりたかったのでしょう。
お母さん自身の力で次にポンと歩み出しました♪

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困難をもちながらも元気!それこそが素晴らしいこと!!

小学3年生男児。
フラフラしていて落ち着きがなく、どこまでわかっているかな?と思うくらいなんだか幼い印象。

聴力検査の結果、中等度の難聴。
高音域は正常だからか?構音障害はなし。

知能検査はWISC-Ⅲを施行。
動作性は正常範囲。 言語性は軽度の遅れ~境界域。
難聴によると考えられる言語の遅れはあるが、知的には正常域だ!!

やり方は丁寧で真面目。
時間はかかっても最後までやり通す力もある。
「友達のボールをなくしてしまったらどうしたらいいか?」という質問にも、『友達に謝る。新しいボールを買って返す。』と応答でき、道徳的理解もできている。
母親の主訴は、
“3回くらい言わないと返事をしないから聞こえが心配だ、
学校では自閉症の女の子とだけ遊んでいて、この子は遅れがあるのか?
夫と別居中だがケンカをしていた時期があり、心が病んでいるのではないか?”
というものだった。
医師からは、「難聴があるため、ことばが遅れていることが考えられます。補聴器を試してみましょう。」と指示された。

すると母親は、『え~っ、補聴器ですか?つけないとだめですか?』とショックを受けている。
そして、『え~耳も?! 先週ホルモン治療を受けることになってそれも大変だと思っていたところだったのに。 目も右目が悪いし、アレルギーもあるし。 全部だ。
なんかあるんでしょうか? こんな子どもいますか?』・・・と続き、涙する。
その後のフォローはわたしに任される。
お母さんと二人で話をする。

「お母さん、○○くんは、素晴らしいお子さんですよ!!
知的な遅れはありません。物の理解、判断、いずれもよくできます。
ただし、難聴があるため、言語の力は劣ります。そのため、同年代の男児との会話のスピードについていけないのかもしれません。
心が病んで起こる難聴もありますが、その症状はありません。○○くんの心は元気です。」

『そうですか?本当?よかったです。 アレルギーがあるから毎日弁当で、それで友達からはいじめられたようなんです。』

「お母さん、○○くんのことを、ここが足りないここも足りない、ここがだめだ、ここもだめだ、という見方をしないでくださいね。
耳がきこえにくくても、目が見えにくくても、アレルギーがあっても、ホルモンの異常があっても、その状態そのままもっているのが○○くんなんですよ。 それで完璧な状態で生まれてきたのです。

そのような症状をもっていても、いじめられてもめげもせず、卑屈にもならず、明るく元気でいる、これこそがとても素晴らしいことなんです!!

お母さんがそういう目で見てくれたら、子どもさんは嬉しいはずなのです。
今日から、○○くんのいいところを見ていきましょう!補聴器もためしてみましょうね!」

母親は『ありがとうございます』と言って、補聴器を手にお子さんとともに帰っていきました。

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