失敗は物事を教えるまた学ぶいいチャンス!!
先日、3歳の男児を連れてご相談にいらっしゃったお母さんがいます。
相談内容を言葉に出すことが難しい様子でしたが、お顔の曇りをみていると、何か心にひっかかっている様子がありました。
少し動きの多い子どもさんでしたので、日々の生活の中でお子さんとの関係で悩んでいらっしゃる様子がうかがわれました。
わたしとお母さんが話していると、男児は飽きて、お母さんの鞄の中からペットボトルに入った飲み物を出しました。
お母さんは、「ここではダメよ。」と言いますが、男児は聞いていません。 勝手に蓋を開けて飲み始めました。
わたしは、『お母さん、飲む、飲まないではなくて、ここでは、飲む前に“飲んでいいですか?”と確認することを教えてあげましょう。』と言いました。
男児がまた同じ行動をした時に、わたしは『あれっ? なんて言うんだっけ?』と訊くと、男児は“飲んでもいいですか?”と訊いてくれました。
その時、お母さんがすかさず「だめよ。」と答えてしまいました。 当然男児は、その言葉を無視して飲み始めてしまいました。
タイミングとポイントがずれてしまいました。 これではさっきのやりとりが生きてきません。
さっきのやりとりを生かすためには、男児が“飲んでもいいですか?”と訊いたときに、「いいよ。」と答えてあげる必要があります。
そんなやりとりがありながら、帰り際、男児はある失敗をしてしまいます。
持っていたペットボトルの蓋を閉めていなかったので、ついうっかり中身をこぼしてしまったのです。
お母さんは「だからダメって言ったでしょう。」と怒ってしまいました。
わたしが床にこぼれた中身を一生懸命ふき取っていると、男児がその場に寄ってきて、自分のポケットからハンカチを出して一緒に拭こうとしてくれました。
これこそ見逃してはいけない行動です!!
『お母さん、見ましたか? もう悪かったということは充分わかっていますよ。 自分から拭こうとしてくれました。見てましたか? こぼしたことはもうしかる必要はありません。 あと一つ言ってあげないといけないことは、今度からはちゃんと蓋をして持って歩こうね、ということだけです。』
わたしは男児に言いました。『拭いてくれてありがとうね。 今度からは飲み物を手に持っているときは、ちゃんと蓋をしていないといけませんよ。』
男児はこっくりうなずいてくれました。
「失敗と書いて経験と読む」、と言った方がいます。 まさにそうなのです。
行為だけに目がいってしますと、大事なポイントを見逃してしますので、注意しましょう!!
失敗は物事を教えるいいチャンス、また当人にとっては物事を学ぶいいチャンスなのです♪
ブログはじめました。
いつもご訪問ありがとうございます。
この度、ホームページのリニューアルに伴い、過去のコラムとして、こちらの新しいブログ上に移動しました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
落ち着きのない子
(2008.10.19投稿分)
動きが激しくて、検査どころではない男児がいます。
さて、どうしましょう?
その男児は、部屋に入室してすぐに太鼓を発見し、ほしがりました。
わたしは、太鼓とバチを手渡しました。
するとその児は、素晴らしい腰つきで、太鼓を叩き始めました。
叩き方と腰つきが本当に素晴らしく、わたしは本当にびっくりしてしまいました。
思わずご両親に、「どこかで、やったことがあるのですか?」と訊きました。
「いいえ。チンドンやを一度見たことがあるだけです。」とご両親はお答えになりました。
彼の太鼓を中心に、即席音楽隊を結成してみました。
わたしはカスタネット、お母さんには鈴、お父さんにはマラカスを渡しました。
彼の太鼓のリズムに合わせて、それぞれが楽器を奏でました。
なんだかとってもたのしくなってきて、男児もご満悦の様子です。
しばらくそれでたのしみました。
すると、どうでしょう。
男児は自ら検査室へ入っていきました。
何かを強制されることを、子どもは嫌がるものです。
まずは、その子のリズムにこちらが合わせ、こちらを向いてくれるようになったら、こちらのリズムにも合わせてもらう、そんなやり方も大切です。
今回のポイントは、本児の好きなことをやらせたことと、もう一つは、それを通してエネルギーを発散させたことです。
本児は太鼓を叩きながら足を踏み鳴らし、クライマックスにかけてそれは早く激しくなります。 その繰り返しで、内なるエネルギーを外に発散させることができました。
自分もたのしいし、相手も喜んでくれる、そんな時を一緒に過ごすと、子どもはそんな相手の言うことに耳を傾けようとしてくれるものです。
もし、あの時、あのことがなかったら・・・
(2008. 8.30投稿分)
3歳後半のお子さんを連れてお母様がご相談にみえました。
「言葉の意味はわかっているのですが、発音がわかりにくく心配です。」と。
出生時の様子をうかがうと、「心音が弱くて誘発剤を使いました。NICUへは12日間入り、輸血2日間、人工呼吸器を1日間つけました。」とおっしゃいます。
「声帯に異常はないですか?」「○○症候群を疑っているのですが?」などと質問をされてくるので、出生時のこと、気管内挿管されたことの影響を非常に心配されてることがわかりました。
実は、このお母様は看護師です。ですから、病気についての知識をいろいろお持ちです。
3歳後半という年齢ですので、発達検査は新版K式発達検査2001を施行しました。
境界域レベルという結果が出ました。
この事実を伝えることも必要ですが、これはあくまでも一つの指標です。大事なことはそれをふまえてどういう対応をしていくかということです。
このお子さんは、コミュニケーション力は非常に高く、ニコニコとかわいらしい、素晴らしい性質をもっていました。
『お母さん、出生時のことをずーっと気にされてきましたね。もし、あの時、あのことがなかったら・・・と思い続けてきませんでしたか?
でもね、それはもう変えようがない事実なのですよ。それはもう起こってしまったことです。そのことを思い続けている限り、それは永遠と続きます。すべてのことをそこと結びつけて考えてしまうのです。
それもあった、でも今、こうして元気に笑っているじゃないですか!
○○くんの笑顔は一級品ですよ。とても素直だし、かわいらしいお子さんです。
これはだれもが授かる能力ではないんですよ。
お勉強ができても笑顔で人とお話することが苦手な子どもさんだっているのです。
○○くんは、まわりの人にとてもかわいがられることになるでしょうし、まわりの人に明るさを与えることができるでしょう。
○○くんにことばだけでの話が伝わりにくかったら、噛み砕いてわかりやすく話してあげてください。それでも伝わらないときは、絵や写真をみせて、わかるようにしてあげてください。 そのような工夫をしていけばいいのです。
子どもさんはどこで伸びをみせるかわかりませんから、発達に関しては経過をみていくといいでしょう。
声帯には異常がある声ではありません。発音は今の段階ではもう少し様子をみていくことです。
せっかくですから、○○くんと過ごす今の時間をたのしんでいきましょう♪♪』
「確かにそうです。主治医にも○○症候群かどうかはわからない。様子をみていくしかないと言われていました。
今まで生まれたときのことが頭から離れなかったのです。
でも、今日ここにきて、本当によかったです。つっかえていたものが外れました。
明るい希望がみえてきました。」
とにっこりと笑顔をみせてくださいました。
この瞬間、このお母さんは出生時の事実を含めて○○くんのことをまるごと受け入れられたのだと思います。
"受け入れる"ことができると、次にすすめるようになります。
そこに時間がかかるときもありますが、このお母さんは瞬時に受け入れることができました。きっと散々苦しんで、ご自分でも変わりたかったのでしょう。
お母さん自身の力で次にポンと歩み出しました♪
困難をもちながらも元気!それこそが素晴らしいこと!!
(2008. 6.27投稿分)
小学3年生男児。
フラフラしていて落ち着きがなく、どこまでわかっているかな?と思うくらいなんだか幼い印象。
聴力検査の結果、中等度の難聴。
高音域は正常だからか?構音障害はなし。
知能検査はWISC-Ⅲを施行。
動作性は正常範囲。 言語性は軽度の遅れ~境界域。
難聴によると考えられる言語の遅れはあるが、知的には正常域だ!!
やり方は丁寧で真面目。
時間はかかっても最後までやり通す力もある。
「友達のボールをなくしてしまったらどうしたらいいか?」という質問にも、『友達に謝る。新しいボールを買って返す。』と応答でき、道徳的理解もできている。
母親の主訴は、
"3回くらい言わないと返事をしないから聞こえが心配だ、
学校では自閉症の女の子とだけ遊んでいて、この子は遅れがあるのか?
夫と別居中だがケンカをしていた時期があり、心が病んでいるのではないか?"
というものだった。
医師からは、「難聴があるため、ことばが遅れていることが考えられます。補聴器を試してみましょう。」と指示された。
すると母親は、『え~っ、補聴器ですか?つけないとだめですか?』とショックを受けている。
そして、『え~耳も?! 先週ホルモン治療を受けることになってそれも大変だと思っていたところだったのに。 目も右目が悪いし、アレルギーもあるし。 全部だ。
なんかあるんでしょうか? こんな子どもいますか?』・・・と続き、涙する。
その後のフォローはわたしに任される。
お母さんと二人で話をする。
「お母さん、○○くんは、素晴らしいお子さんですよ!!
知的な遅れはありません。物の理解、判断、いずれもよくできます。
ただし、難聴があるため、言語の力は劣ります。そのため、同年代の男児との会話のスピードについていけないのかもしれません。
心が病んで起こる難聴もありますが、その症状はありません。○○くんの心は元気です。」
『そうですか?本当?よかったです。 アレルギーがあるから毎日弁当で、それで友達からはいじめられたようなんです。』
「お母さん、○○くんのことを、ここが足りないここも足りない、ここがだめだ、ここもだめだ、という見方をしないでくださいね。
耳がきこえにくくても、目が見えにくくても、アレルギーがあっても、ホルモンの異常があっても、その状態そのままもっているのが○○くんなんですよ。 それで完璧な状態で生まれてきたのです。
そのような症状をもっていても、いじめられてもめげもせず、卑屈にもならず、明るく元気でいる、これこそがとても素晴らしいことなんです!!
お母さんがそういう目で見てくれたら、子どもさんは嬉しいはずなのです。
今日から、○○くんのいいところを見ていきましょう!補聴器もためしてみましょうね!」
母親は『ありがとうございます』と言って、補聴器を手にお子さんとともに帰っていきました。
心の奥底の主訴を感じること!
(2008. 5.10投稿分)
「自分の時間がほしい。」とお母さんが口を開きました。
『お子さんが保育所に通うようになって、前よりは自分の時間がもてるようになったのではないですか?』
「毎朝行きたくないってぐずるんです。」
『お母さん、"はやくしなさい"って何回も言ってませんか?』
「はい、何回も言っています。それで無理無理連れて行きます。」
『朝は決まったバスに乗らないといけないですか?』
「車での送り迎えなのでそれはありません。」
『それでは、"はやくしなさい"は1回以上は言わないで自分から行動するまで待ってあげてください。』
お母さんは「待つ?」と言って頭をかかえてしまいました。
どうやら待つことがとても不得意な様子です。
でも、顔をあげて次のようにお話してくださいました。
「実は昨日家庭訪問があって、保育所の先生からも無理しないでお母さんのペースで連れてきていいですよ、と言われたのです。」
『保育所の先生もそう言ってくださるんだから、それに甘えていいと思いますよ。一時は大変かもしれないですが、自分で動き出すまで待ってあげると、行きたくなる気もちがわいてくるものです。逆に"早くはやく"と追い立てると反発の感情を生んだり、何か言われないと行動できない子どもさんになってしまいますよ。』
『お休みの日はどうですか?』
「休みの日はゆっくりしていたいので何も言わないのですが、そうすると一人で早く起きています。」
『お休みの日は何も言わないですよね?』
あれ?という表情で、お母さんはその違いに気がつきました。
「たしかにそうです。何も言わない方が自分で早く行動しています。」
それでも何か心にひっかかっている様子です。
今度はポツリポツリと自分の抱えていることを話し始めました。
途中からは涙を流し始めました。
『泣いていいんですよ。泣くのをやめると病気になってしまします。』
「わたしのまわりには頑張っている人が多くて、そんなことで泣くの?と言う人がたくさんいます。」
『いいんですよ。泣くことで心のモヤモヤが流れていきます。』
お母さんの目からは涙が後から後から流れてきます。
ご主人と別居中で実家に身を寄せていること、
自分の母親と兄も面倒をみなければいけないこと、
母親にかわいがられた記憶がなく、今でもうらんでいること、
ご主人もまた母親に虐待されて育ち、今でも許していないこと、
子育てでノイローゼになったときに子どもにふとんをかぶせたり、だっこしてあげられなかったりして、それが子どもの成長に影響を与えてないか不安なこと、
また、そのことを「結局母親と同じことをしているじゃないか」とご主人に言われたことが傷になっていること、
・・・・・・
もう自分のことでいっぱいいっぱいなのです、といろいろとお話してくださいました。
『お母さん、自分の母親、姑さん、ご主人をうらんでらっしゃるのね。許せないのね。でも、許せなくて苦しいのはだれですか?』
「わたしです。」
『そうですよね。うらみで許せないと重荷をずっと背負っていきます。許せばふわっと軽くなります。どちらの道がいいとか悪いとかはないですが、どちらの道を進むかは自分で決められます。』
「子どもがわたしの母親に暴力をふるうことがあるんですよ。それを見たときに、わたしが母親にそういう扱いをしているからだと思いました。」
『その通りです。一つ屋根の下で暮らすなら、見て見ぬふり、聴かぬふりをすることも時には必要です。そして、自分の母親を許すことです。自分を許すことです。それが難しいなら、経済的には厳しく大変なことが多いかもしれませんが、今いる家を出る覚悟が必要です。』
以上がわたしの問診です。
今回のケースは、検査のオーダーは「聴力検査」です。文字からの主訴は「子どもの聞こえが心配なので調べてほしい」ということですが、心の奥底の主訴はこうです。
「わたしは子どもが小さい頃に育児ノイローゼで愛情をかけずに育ててきました。それが子どもの成長に影響していないか心配です。大丈夫でしょうか?主人は片目がほとんど見えませんが、それは親が学校からの指摘があったにもかかわらず眼科に連れていかなかったこともあります。わたしは自分の子どもには同じような経験はさせたくないので、何かあったら調べてもらうようにしているのです。違うように発音することがあるので、聞こえが大丈夫かどうか調べてもらいたくて、だから今日ここに来ました。」
子どもさんは素直に検査に応じ、特に問題ありませんでした。特に過敏でもなく人をいぶかる様子もありません。
『お母さん、子どもさんはとってもよくお育ちですよ。よくここまで育てました。素直でやさしい子どもさんです。』
苦しみでいっぱいの顔がうそのように、晴れやかな表情になって帰っていかれました。
お母さん、あなたの苦しみは無駄ではありませんよ!! 2
(2008. 4.21投稿分)
二人目の方のお子さんは、受け答えが上手にできません。よくわからないと相手の質問をそのままオウム返しにしてしまいます。語彙数も少なめです。
お子さんの接し方について話をしていると、お母さんは「・・・やってます。」と一生懸命子育てをしていることを伝えてきます。
何か聴いてほしい苦しみがあるように感じたので、じっくり聴くことにしました。
『お母さん、つっぱってらっしゃるのね。』
「そう、弱みは絶対みせたくないの。だから自分の感情は全部押し込めてきました。 絶対泣くもんか!と思ってます。」
『弱みはみせていいし、泣いていいのに。 そうできない何かがあるのね。。』
それからお母さんは、虐待されて育ったこと、うつ病にもなったし、自傷行為で入院させられたこともあることなどを話してくださり、その傷を見せてくださった。
「カーッとなると子どもを叩いてしまうことがあるんです。自分は自分の母親のようにはなりたくない。でも、そんなことをしてしまった夜は自分がされたこと、髪の毛を引っ張られて引きずりまわされたこととか思い出しちゃうんです。」
『辛いわね。。苦しいわね。。でも、お母さんは○○くんのことが嫌いじゃないのね。そして、自分がしてしまったことがいけないことだともちゃんとわかってる。 だから、そんなことをしてしまう自分が嫌になるのね。』
『お母さんのことは許せてる?お母さんもまた同じようにされて育ったのかもしれないのよ。』
「いえ、祖母はそんな人ではありません。でも、祖父は木刀を振り回しているような人でした。」
『そう。。もしかしたらそれが傷になっているかもしれないわね。』
「でも、わたし今では母親に感謝しているんです。自分で子どもを育てるようになってわかるところもあるし。でも、一つだけどうしても許せないことがあるの。それは兄を捨てたこと。それだけはどうしても許せない。」
『どうして捨てたかお母さんに聞いたことはある?』
「ない。」
『そのことは、今度聞いてみる必要があるわ。』
『お母さんを許すことは自分自身を許すことになるのよ。』
・
・
・
『弱みをみせることを自分に許しましょう! 泣くことを自分に許しましょう!』
お母さんは「できない」とは言わずに顔を緩めて微笑んでくれました。そして、息子に愛おしい眼差しを送りながら手を貸し、やさしいことばをかけてあげていました。
わたしのホッとする瞬間です。
お母さんの苦しみ、みていますよ。
哀しいときは思いっきり哀しみましょう!泣きたいときは思いっきり泣きましょう!
それでいいのです。
お母さん、あなたの苦しみは無駄ではありませんよ!! 1
(2008. 4.20投稿分)
1時間のうちに、苦しんでいるお母様お二人に続けてお逢いしました。
どちらの方のお子さんも発達障害が疑われ療育を受けています。でも、お母様たちの本当の苦しみはその子どもさんをもったことではありません。
どちらの方も自分自身を受け入れられていないことがそれです。
お二人ともどんなにか苦しかったことでしょう。不安だったことでしょう。
よくぞ生きていてくださいました。
一人目の方のお子さんは、入室の際に抵抗し、泣きそうになっています。それくらい、敏感で不安が強いということです。物の名称や姓名、年齢などの質問には答えられますが、仮定の質問には答えられません。3歳ですが、足し算、掛け算、ルートの計算ができ、パズルは5歳児レベルのものをスラスラやってしまうそうです。その一方でコミュニケーション力は低く、発達はアンバランスです。妙に潔癖なところがあり、こだわりもあります。
お子さんのことについてお話しながら、『お母さんも感じやすい方ですよね?』と聞くと、「そうなんです。」と答え、ご自分のことについて話し始めました。
「遺伝ってあるのでしょうか?・・・
実は、わたしは中学2年生の頃からパニック障害で、今も精神科に通院し、服薬をしているのです。・・・」
『性質が似るということはありますよね。お母さんないですか?ここは両親に似ちゃったなぁというところが。』
「そういえばありますね。この子は自分に似すぎててイライラしちゃうことがあるのです。」
『磁石でも同じ極は反発しますから、似ているとそうなってしまうことはありますよね。でも、お母さん、似ているってことは逆に強みなのですよ。その子が今どんな風に感じていてどんなことで苦しいかがよくわかるじゃないですか。
子どもさんとまるで性質が違うと、その子のことが全く理解できず、それで苦しんでいるお母さんたちもいるのですよ。』
「この子この先どうなりますか? この子には自分と同じになってほしくなくて。」
『お母さん、苦しかったのですね。だからお子さんには同じ想いをさせたくないって思うのですね。』
『お母さん、あなたの苦しみは、なぜかお母さんに与えられたことなのですね。大きな学びを与えられましたね。 でもね、同じように苦しんでいる人の苦しみや痛みがよくわかる。それは本当に経験した人にしかわからない、お母さんにしかわからないことなのですよ。だからそれはあなたの強みです。』
『お子さんが悩んだり苦しんだりしたときに、どうしたらいいかがわかる。それもお母さんの強みです。』
そんな話をさせていただいたら、お母さんの顔がやわらかくなり、少し微笑んでくださった。
そう、あなたにはあなたの役割がちゃんとある。あなたの苦しみは無駄ではありません!!
見た目で判断しないで!
(2008. 3.30投稿分)
今春から中学3年生になる男児とお母様が相談におみえになりました。
行くところによって、違うことを言われる。本当の聴力と補聴器が必要かどうかを知りたいという主訴でした。
きけば不登校気味で学校に行けないことが多いとのことです。
これはじっくり話を聴かなければなりません。
小学4年生のときに、親戚から罵声をあびたことが大きな引き金になっていると母親は言います。両親の離婚もありました。
本児はその後、40度の熱を出し、光も感じなくなり、食べ物も受け付けなくなりました。食べても吐いてしまい、吐血もあったほどです。
どれほどの辛い経験だったことでしょう。
現在の本児は、視線が定まらず常に何かにおびえているようです。人の動きには敏感で、目の端でよく観察をしています。猫背で暗い感じがあります。年齢をきくと、それすら間違って答えてしまいます。知らない人に対しても誰にでもあいさつをするところがあります。
ぱっと判断していまえば、心の傷が大きいこと、知的な力の弱さがあるかもしれない、生育暦からは発達障碍もあわさっているかもしれない、というところです。
しかし、母親からこんな話を聴きました。
「この子は困っている人がいるとすぐ手を差し伸べます。
難聴があり補聴器をかけている父親に対し、『ぼくがお父さんの耳になりたい。』と言って復縁を希望したのです。今は病気がちな父親の看病をしながら家族が元通りになりました。」
そして、母親はさらに続けます。
「わたしにもできないのに、この子はすごいと思うんです。父親の状態が状態なので、親戚と連絡をとらなければならないときに、『お母さん、連絡をしよう。今の○○は昔の○○とは違うよ。だから大丈夫だよ。何か言われたら目をつぶればいいよ。』と言ったんですよ。」
なんて気もちのやさしい子どもさんでしょうか。
自分の辛かった経験を乗り越えて相手を許しているのです。
一見しただけではわかりません。その子がどんなきれいな魂をもっているかなんて。
でも、表に出ている症状は、本児のSOSであり、わたしたちへの警告でもあります。
できるところから対応してあげる必要があります。
聴力検査結果は中等度の感音難聴を呈する結果でしたが、確かに聞き返しはあるものの、実態とそぐわないところもあり、さらに詳しい他覚的な検査が必要という判断になりました。心因性難聴と器質的な難聴が重なっているかもしれません。
それからびっくりしたことに、身体がものすごく硬いのです。これはほぐしていかなければなりません。
背中はまっすぐになるとそれだけで気もちが変容するものです。
肩まわしの仕方を教えました。
背筋の伸ばし方を教えました。
深い呼吸の仕方を教えました。
人のことを気にするあまり自分のことがおろそかなになっているので、ますは自分がどうしたいのか、どうありたいのか、そんなところも時間をかけながら一つひとつ整理していかなければなりません。
何が今のその人に必要かなんて、一見しただけではわからないことが多いものです。通ってきた過去や抱えている課題を一緒に"感じる"、その時間が大事だとわたしは思うのです。 本当のところは理解することは難しくてもその人のことを知ろうとするその気もちは相手に伝わるのではないでしょうか。
最後に彼はわたしにこんなことを質問してきました。
『みんなにこんなことを教えるんですか?』
「わたしが必要と思った人によ。○○くんは特別だね!」
時折みせてくれる笑顔がわたしには宝物です!!
比べないで!!
(2008. 2.24投稿分)
3歳の子どもさんを連れて、ご両親が相談にみえました。
とにかくお母様が焦っていらっしゃいました。
わたしの話を遮ってまで、こんなところがあります・・・、ここが心配です・・・、と止まりません。
4月から幼稚園に入るので、そこまでなんとかまわりの子どもたちと同じようにしたい、というわけです。
実はこのお子さんは、あるところでは「自閉症です」と言われ、あるところでは、「ことばの力の弱さはあるけれど自閉症ではないでしょう」と言われたそうです。
日常の指示理解はでき、受け答えもでき、こだわりも特にみられず、わたしがみたところ(医者ではないので診断はできませんが)、やや状況判断の弱さと若干の落ち着きのなさがみられ、いわゆるグレーゾーンと言われる範疇の子どもさんに思われました。
しかし、このお子さんはとっても明るくとっても元気です。
ご両親と話をしている間もたのしそうに歌を歌ったりとたのしませてくれます。
目がキラキラときれいです。
その様子をみて、ご両親は心配のあまり焦っているけど、普段このお子さんのことをとてもかわいがっていることがわかりました。
わたしは、お母様に
「お母さん、今とっても焦ってらっしゃいますね。~くんを他の子どもさんと比べていらっしゃいますよ。」と伝えました。
「本当に大事なのはどんなことですか?この明るさ、この素直さ、このキラキラした目を守っていくことではないですか?」
「みんなと同じように肩を並ばせようと頑張らせることは、~くんにはマイナスにしか働かないでしょう。せっかくのこの笑顔、キラキラした目を失わせることになってしまいますよ。」
そんなことをお伝えしていると、
"子どもの現状を自分の両親には伝えらているが、夫の両親には伝えられていない"と話をしてくださいました。そして、"そこには同じくらいの年齢の子どもがいるので、比べられるのです"、と。
「比べられるからといって見栄や体裁を守ることが大事ですか?
比べているのはご主人のご両親だけでしょうか?
大事なのは~くんのこのよさを守っていくことではないですか?
だれが何と言おうとご両親が~くんのこのよさを認め、何を大事にしていくかをしっかりおもちになっていればよいのです!!」
このお母様はとても素直な方でした。
"自閉症ではないと言われてから、自分の焦りはだいぶなくなったと思っていましたが、確かに焦っていました。比べていたのも事実です。"
すんなりと自分が焦っていて自分の子どもを他児と比べていたことを認めました。
幸いにもご主人も協力的な方でした。
数十分の面接時間ですが、わたしは、緊張や焦りの強い親御さんには、ゆっくりした呼吸を教えます。
「ゆっくり息を吐いて~
吐ききったなぁと思ったらおへその下あたりを膨らませるイメージで、鼻から
ゆっくりゆっくり息を吸って~
ふ~っゆっくり肩の力を抜きましょう」
「さぁ、練習して帰りますよ!」と促して一緒にやってくださる方はとても素直な方です。
今日出逢ったご両親はもちろん一緒にやってくださいました♪
入室当初はせかせかしていらっしゃったお母様がゆったりとした動きになって帰っていかれました。
~くん、これから大変なことがあるかもしれないけど、そのキラキラした目と明るさと素直さをもって育っていってくださいね!!!
心因性難聴
(2008. 1.31投稿分)
「心因性難聴」という病気があります。
耳疾患はないのが特徴です。
本人は「きこえない」と訴えます。聴力検査をすると難聴を呈する結果が出ます。
こんな大きな音が聞こえないの?とびっくりする結果が出ることもあります。
しかし、後方からさり気なくささやき声で話しかけるとふつうに答えるので、会話が成立します。
つまり、本人の自覚、実態と検査結果にギャップが生じるのです。
これは心の病気です。
何か聞きたくないことがあるという身体からのメッセージです。
小・中学生の女児に多くみられます。
家庭内に問題がある場合、兄弟関係、友人間のトラブル、いじめ・・・原因は様々です。
先日当センターに来所した小学2年生の女児は、学校で「きもい、うざいって言われるの」と教えてくれました。
この女児の場合、コミュニケーションのとり方がやや一方的なところがあるので、そこのフォローアップを要します。
そして何より、人を傷つけるまわりの児童に対しては道徳的指導が必要です。
"だれかをいじめるということは、相手を傷つけ、結局自分自身を傷つけることになるのだ"と。
学校と家庭の連携も必要です。
それだけでよいでしょうか?
ストレスフルな子ども達の身体、心をゆるめてあげることもおそらく必要でしょう。
実はそれこそ真っ先にやってあげないといけないことかもしれません。
自分たちの心が満たされていれば、相手にやさしくすることができるはずです。
一人の子どもの存在がわたしたちに学びを与えてくれます。
彼女の心の傷が深くならないうちに癒されることを願わずにはいられません。
"今"そしてこれからが大事です!!
(2007.12. 6投稿分)
保健所からの依頼で、3歳8か月の女児に会いました。
祖母に連れられて来所しました。
どうして、祖母に連れられてきたのでしょう?
話をすすめていくと、育ちがとても複雑なことがわかりました。
両親は離婚し、母親は育児を放棄し、この児を実家においたまま家を出て行ったそうです。その後母親は身ごもり、再婚し、先月第二子を出産したそうです。
主訴は、ことばの遅れ、落ち着きがない、思い通りにならないと物を投げる‥です。
保健所での健診では、暴れて大変だったそうです。
どんな大変な児だろう?と覚悟して面接に臨みましたが、なんのなんの、指示は通りますし、「待っててね」と言うと待つこともできました。立ち歩くこともなく、着席してきちんと検査にも取り組むことができました。
それはなぜでしょう?
実は、検査前にわたしと本児だけが知る、"秘密"があったのです。
祖母がアンケートに記入している間、本児は待合室をフラフラしていました。何やら右手を上げて手を開いたり閉じたりしています。
わたしも同じように右手を上げて手を開いたり閉じたりして、視線を送りました。すると、本児もわたしをしっかり見てきてニコッと微笑んだのです。
そのときわたしは、"あっ、心がつながった!"と思いました。
これが秘密です。
つまり、本児の発信をキャッチして送り返してあげたのです。
自分の存在を受け止められたことに安心し、わたしに心をひらいてくれたのでしょう。本児の気持ちは非情に穏やかに落ち着いていました。
一緒にいた祖母が、指示に応じ取り組め、検査ができたことに驚いていました。
検査の結果、聴力は正常範囲、知的にも遅れはみられません。ただし、言語面のみが2歳レベルで顕著な遅れがみられました。
言語獲得の大事な時期にことばをかけられずにほっておかれて育っていますので、当然の結果とも言えます。テレビの前に座らされ、隣で母親は寝ていたと言います。口を開くときは怒るときくらい。
2歳くらいから祖父母たちと生活をしていますが、日中は祖父母は働いているため不在となり、曾祖母(認知症疑い)と過ごしているため、刺激が少なすぎます。
そこらへんを考慮していただいて、来年度は是非とも同年齢の子どもたちのいる保育所に通うことが望ましいです。補助の先生がついてくれるとベストです。
親の愛を知らないで育っている児です。
これからは、愛のこもったことばでしゃべりかけてもらったり、ルールやマナーを教わる必要があります。物を借りるときは「かして」、受け取ったら「ありがとう」‥、そんな当たり前のことを一つひとつ丁寧に教えてあげることが必要です。
今ならまだ間に合います。
過ぎ去った過去はしょうがありません。大事なのは"今"そしてこれからです。
本児のまわりの大人が愛情をかけてかわいがってあげることです。
わたしが本児に会うことはもうないでしょう。最後にしっかりと手を握って「元気でね。元気でいるのよ。」とお別れをしました。キラキラとしたまっすぐな瞳、可愛らしい笑顔‥、それを保って育っていくことを祈りました。
おおらかに!!
(2007.11.26投稿分)
先日、「発音が心配です」と5歳のお嬢さんを連れてお母様が相談にみえました。
発音は確かに、サ行、ザ行が舌を歯の間に挟むような構音の仕方で、歯間性の誤りがみられました。
しかし、わたしがそのお嬢さんにお会いして、気にかかったことは、発音よりも緊張の強さでした。
検査は結局一人で応じることはできずに、母親が隣にいる状況で行いました。
この児の緊張はどこからくるのだろう?
緊張の強い児の場合、親御さんの状態をみないといけないことがほとんどです。
無理を強いていたり、自分ができなかったことを子どもを通して成し遂げようとしていたり、自分の枠にはめようとしていたり・・・
そんな環境では、本来のその児らしさにすっかり鎧をつけられてしまいます。
母親がどのような育ちをしたのかを聞きながら面接を進めていくと、
「自分は祖母に預けられていて、一人でいることが多く、寂しい想いをしていることが多かった。だから、この子にはそのような想いをさせたくなかった。」とお話してくださいました。
このお母さんは、なかなか自分から踏み出せない児を待っててあげる、そっと見守っててあげることができていなかったのです。自分の幼少期の不安がありますから、それじゃ駄目だと、おしりを叩いて頑張らせようとしていたわけです。
「お母さん、○○ちゃんはそれでいいんだよ、とまず受け止めるところから始めましょうね。そのような目でみててあげると、それがとっても安心感になりますから、少しずつ自分から一歩を踏み出せるようになっていきますよ。
○○ちゃんの場合は、お母さんの言ったことをよく守ることを褒めるより、自分から一歩踏み出せたことを褒めてあげるようにしてください。」
母親は、「わたしのことまでわかっちゃうんですね。ありがとうございます。この子の発音はもう少し様子をみてみます。今日はわたしのことまですみません。本当にありがとうございました。」と言って帰っていかれました。
母親の気もちに余裕が生まれると、その子らしさ、その子のペースに寄り添ってあげられるようになるのです!
「おおらか」
世界を
他人を
起こる出来事を
そして自分自身を
あるがままに見、
「よし!」と
受け止めることのできる大きな心。
それにはゆとりが必要です。
疲れていたらそうはいきません。
ゆっくり休んで
まず、自分自身を
取り戻してください。
そうすれば、
あなたの本来の
おおらかさもかえってきます。
葉祥明 「しあわせのことばレシピ」より
双子と言えども・・・
(2007.10.15投稿分)
3歳の双子の子どもさんが来所しました。
上が男の子で下が女の子です。
双子と言えども性質はまるで違います。
お兄ちゃんはのんびりおっとりタイプ。妹さんはきっぱりはっきりタイプです。
二人が一緒にいると、お兄ちゃんに何か質問しても妹さんの方が答えてしまいます。
言葉の理解力は二人とも同じくらいです。発音の誤りも似たような感じです。
今回は、上手に言えない発音があることを心配して相談にいらっしゃいましたが、器質的な異常は認められませんでしたので、発達の途上の段階と捉え5歳くらいまでは様子をみるように指示しました。
二人が一緒にいるとどうしても目立つのは妹さんの方です。しかし、二人にはそれぞれによいところがあります。個性が違います。お互いが一緒にいることでお互いに学び合う存在なのです。お兄ちゃんは妹さんから表現することを、妹さんは待つということを。
そのことをお母さんに伝えると、なるほどという表情をされていました。
そして、「二人が一緒のクラスだと親の方は楽なのですが、クラスは違う方がよいでしょうか?」と質問をしてこられました。
「二人が自分らしさを発揮するには、違う方がいいかもしれませんね。」と答えました。
「どちらがよくてどちらが悪いということはありません。それぞれのよさを大事にしてください。違っていいのです!」
お母さんは深く頭を下げて帰っていかれました。
自分の課題となる人や学ぶべき相手は案外となりにいるものなのです。親だったり、兄弟だったり、夫だったり、妻だったり、子どもだったり、職場の同僚だったり、上司だったり、部下だったり、ご近所さんだったり・・・。
みんながそれぞれに学び合い、助け合う存在なのだと思います。
すべての答えはその子どもの中にある!
(2007. 9.16投稿分)
親御さんからよくこんな質問を受けます。
・この子にはどんな声がけをしたらいいのですか?
・この子にはどんな係わり方をすればいいのですか?
・~なっているときは何て言ったらいいのですか?
・この子はふつうの学校に行けますか?
・
・
・
面接、相談時間は一人のお子さんに対して長くても2時間程度です。健診となるとさらに短く15分~20分程度になります。
その間にその子どもさんの特質を見極めなければならなりません。
そこでわたしなりに捉えたことはお伝えしますが・・・。
最後によくわたしが親御さんにお伝えするのは、
「~ちゃんの表情と行動をよく観察してください。すべての答えは~ちゃんが持っています。どんなことが好きでどんなことが嫌いで、どう言ってもらうとわかりやすいのか、どう接してもらうと応じられるのか、それは~ちゃんの中にあるのです。だから、わたしたちはどうしていったらいいかは~ちゃんに教えてもらわないとならないのです。一番身近で一番よく理解してあげられるのはやっぱり親御さんなんですよ。」と。
心配が強くて不安が強い親御さんほど、いろんな情報をかき集め、本を読み、頭で考え過ぎて、どう接していいかがわからなくなっていることがあります。
実はその子どもさんに最良の接し方、声がけの仕方はどんな本にも載っていませんしもちろんマニュアルもないのです。
参考になる良書もありますが、あくまでも参考です。その通りに行ってもその子どもさんに合ってなければ効果は期待できません。
~療法、~式、~セラピーと名のつく方法は山のようにありますが、その方法を使用することによってその子どもさんが生き生きしてくるか、が大事なポイントです!
音楽が大好きな子どもさんには音楽を使えばいいし、絵を描くことが大好きな子どもさんであれば絵画を使えばよいのです。
その子どもさんの好きなこと、興味のあることからスタートすればよいのです。
そして、書かれている方法をそのまま使うのではなく、その子どもさんの反応をみながらアレンジしていくことも大事なことです。
「絵本を読んで聞かせてもこの子は聞けないのですが。」とおっしゃる親御さんがいらっしゃいますが、話をうかがうと、"年齢"を基準に選んでらっしゃることがあります。つまり、その子どもさんの興味や発達のレベルは無視されてしまっているわけです。
そのお子さんのページをめくるスピードにこちらが合わせて短くアレンジして読んであげた方がいい場合もありますし、読むことに興味がなければめくるという行為だけでよしとしなければならないときもあります。
さぁ、子どもさんの表情と行動をよく観察してみましょう!
そして、子どもさんに秘められたいいところを探してみましょう!
あなたのお子さんはどんなことが好きでどんなことに興味がありますか?
すべての答えはあなたのお子さんの中にあります!!
そのままを受け止めよう!
(2007. 9. 9投稿分)
下の子が産まれたら、上の娘の吃りがひどくなったので、精神的なものなのか心配です、というお母様が相談にみえました。
お会いしたお嬢さんは芯が強く、心も元気で精神的な弱さは見受けられませんでした。
ただ、弟ができたことにより、複雑な心の変容が起きているのはみてとれました。それは弟が隣で騒いだり、すっかけてくると、つい手が出てしまうという行為に現れていました。
お嬢さんは3歳という年齢ですが、その行為自体はいけないことだという理解はできています。ただ、自分ではどうすることもできない心の葛藤があるのです。
そんなときはどうしたらよいのでしょうか?
叱ればよいのでしょうか?
勿論人を叩くという行為はいけないことだと教える必要はありますが、その前にその時のお子さんの心情を察してあげないといけません。
お母様には「どちらのお子さんにも同じくらい手をかけたい気もちはおありでしょうが、今の時期はどうしても下のお子さんの方に手がかかってしまいますね。それは仕方のないことです。ただ、上のお子さんには手はかけれなくても心は配ってくださいね。」とお話しました。
それに対し「はい、そうなんです。下の子にお乳を飲ませているときも上の子がやきもちをやかないように声がけするようにしているのですが。」と返ってきました。
わたしはその時、このお母さんは心を配ることもやっている・・・ではどこが??
そうか、"やきもちをやかないように"というのが不自然なんだと思いました。
そして、「やきもちをやくその気もち、わかるでしょう?その感情を否定して、ふたをしないでくださいね。お嬢さんには、あなたは今やきもちをやいているのね、わかるわよその気もち、という心で接してあげてください。それをことばにしてかけてあげてるといいですよ。そのままを受け止めてあげましょうね!」とお話しました。
お母様はヒントを得たようで笑顔になって帰っていかれました。
上記のお嬢さんは、今は"やきもちをやく"という感情を学んでいるのです。その感情を否定し、それと戦ってはその感情と上手に付き合うようにはなれません。受け入れてもらい、自分で受け入れていくことが必要なのです。
どんな子どもにも"心"があります!!
(2007. 8.19投稿分)
先日、3歳の双子の子どもさんを連れてお母様が相談にみえました。
双子のうちの一人が「ことばの覚えが悪い」という主訴でした。
2歳まで海外で暮らしており、朝から夕方までは保育センターの英語の中で、家の中では日本語の生活をしていたということです。双子の兄の方は英語も日本語も吸収できたのにこの子はできないというわけです。その頃、中耳炎を罹患しており、その影響もあるかもしれない、と耳鼻科では言われたそうです。
聴力検査の結果、聴力は正常範囲内で異常ありませんでした。当時の中耳炎がどのくらいことばの発達に影響したか、今となってはわかりませんが、それがことばの育ちにくい主な原因とは考えにくい状態でした。
発達検査の結果は、視覚認知面には大きな遅れはみられませんでしたが、言語発達には遅れがみられました。中でも特に気にかかったは、面接中のその子どもの行動でした。
落ち着きがありません。兄との遊びをみていても自分の思うとおりにならないと相手をたたいてしまうことがありました。しばしば物を投げることがあり、危険があまりわからないようでした。
これは一見「広汎性発達障害」といわれる子どもさんたちの行動に似ています。
今年4月に入園した幼稚園からは毎日電話がかかってきたそうです。ルールのある集団生活ができないため、トラブルが生じてしまうことが理由です。毎回怒られてしまうことから結局そこの幼稚園はやめ、今はインターナショナルスクールで伸び伸びとしているそうです。
自分の小さい頃によく似ているということで父親は理解があるようですが、母親は「理解できない」と言います。確かに大人を困らせる行動をとるので、お母様は振り回されてしまうのかもしれません。
しかし、その行動を"困った"と捉えてしまうとどうなるでしょう?悪いことの堂々巡りとなり、お互い出口が見つかりにくくなってしまいます。"困った子"とすぐ否定してしまうのではなく、その時のその子の気もちをできる限り想像してみる必要があります。
つまらい、飽きた、帰りたい・・・というような気もちの表れかもしれません。その想像したことを言葉に出してから、こうしてほしい、こういうときは~すべきよ、と事の起きてる現場で繰り返し言ってわかり易く教えてあげてくださいとお願いしました。
お母様は、「おっしゃる意味がわかります。小さい頃は兄の身体が弱くて入院も多く、常に兄に手がかかってしまったのでこの子はほったらかしでした。だっこしてということも言えず、壁や床に頭を打ち付けて泣いてからだっこをしてもらうような子でした。」とお話してくださいました。
大事なのはその時のその子の気もち、心を感じてあげることですよ、とお伝えしたところ、びっくりするような返答が返ってきました。
「この子に気もちがあるのですか?心があるのですか?何か伝えたいことがあったのですか?そんなこと一度も考えたことがありませんでした。」と。
どんな子どもさんにも"心"はあります!!そして、お母さんに聞いてほしい、わかってほしい、認めてほしいという気もちがあるのですよ、とお伝えしました。
お母様はびっくりした表情で、自分の接し方で何が足りなかったのかを理解した様子でした。
そのことによって子どもさんの行動がどうなるか、少し様子をみてもらい、半年後にもう一度いらしていただくことにしました。
子どもさんの状態によっては即専門機関での対応が必要な場合もありますが、母親の状態によってはそのことがかえってデメリットになることもあります。今回の場合は、そこまでにワンクッション必要なことと、伝えたことをやってみようとする母親がいて、実際その力のある方だと判断した結果です。
子どもさん、親御さんの状態、性質、能力によって、方針は違ってきます。以前は人によって違っていいのかと悩んだこともありましたが、今はその時、その人に必要なことを提供できることが大事と思っています。
世代間連鎖
(2007. 7.22投稿分)
昨日、あるご両親から、息子さんの「吃音」のご相談を受けました。
その息子さんは3歳でした。3歳という年齢は、「吃音」にちょうどなりやすい時期です。なぜなら、話したいことがたくさん出てくるのに、その気もちに言葉が追いつかないからです。
興奮したり焦ったり、話を聞いてもらいたくていっぱいのときになりやすい傾向があります。
昨日お会いした子どもさんの症状は、語頭の繰り返し、ブロック(口は開いてものどに力が入り言葉が出てきません)、回避(その言葉がスムースに出てこないために周辺の言葉で説明します)がみられました。
「吃音」になる子どもの一般的な性格的特性は、几帳面で神経質、親の顔色をうかがって行動する、真面目で頑張り屋。そのことによって過度は負荷がかかっていることが多いのです。また、その子どもの親をみてみると、同じような性質のことがほとんどです。その親ももしかしたらそのような親の元で育っているのかもしれません。遺伝というよりは、そのような性質が世代にわたって受け継がれてしまうことがどうやらあるようです。
実は「吃音」の原因については未だ解明されておりません。ただ、過度な負荷がかかったとき、それはその人の弱いとろこに出てきますので、胃腸にくる場合、髪の毛が抜ける場合があるように、「吃音」の場合はそれがしゃべるという機能に出る、と考えます。
昨日お会いした子どもさんの場合は、父親の接し方の影響を受けていると考えられました。
話をすすめていくうちに、お父様の方から、
「思い当たるところがあります。自分が神経質です。気がついたことがあったら、それを直して教えてやらなければならないと思っていました。」
「発音の間違いがあればそれを訂正して言い直しをさせていました。
吃音の状態のときはゆっくりしゃべってみなさいと言っていました。
それが親としてすべきことだと思っていました。」と出てきました。
3歳という年齢では、上記のような対応は決してやってはいけないことです。子どもにとってはことばに対する注意としか受け取れません。
対応としては、いつもと同じように、吃っていることではなく話の中身に注目してあげて、吃っていてもそのままを受けとめてゆっくり話を聴いてあげることです。また、そのようなとき子どもは呼吸が浅く速くなっていることが多いので、ゆっくりと深く呼吸をしながら話を聴いてあげるとなおよいです。「吃ること」は悪いことではないので、それを決して否定しないことが大事です。忙しくてとても話が聴けない状況のときは、その状況を説明して「あとで聴いてあげるからね」と言ってあげましょう。
そのように対応していくことで、子ども自身が親に受け入れてもらっている安心感をもち、次第に落ち着き「吃音」が自然と消えていくこともあるのです。
昨日お会いしたお父様は、とても真面目で教育熱心なのです。
こんな話も出てきました。「やってはいけないということを何回怒って注意してもまた同じことを繰り返すのです。」と。
わたしは、「怒られたことで理解できるのであれば、そのことによってやめることができるはずですが、怒ることを繰り返しても何度も同じことをするということは、息子さんの場合は怒ることでは解決しないということですね。怒られたとたん、息子さんは緊張状態になりますから言われたことがそれ以上入っていきません。怒られたという感覚が残るだけです。息子さんに否定的な言葉を繰り返し使っている限り同じことを繰り返しますよ。失敗をやり直そうとするから同じところからスタートしてしまうのです。」と言いました。
それから「息子さんがなぜそのような行動をしてしまうのか、そのときの気もちを考えたことがありますか?」と訊きました。
そうしたら、はっという表情をなさって「子どもの気もちは全く無視していました。ただその行為を止めていただけです。"しつけ"という名で押し付けをしていました。」とおっしゃいました。
そこまで気づけたら充分です。
わたしは、「そのときのお子さんの気もちを推し測って言ってあげて、何か理由があるんだよねと訊いてあげて、お子さんの行動を待ってあげてから、こうすべきだよ、こうしたらいいと思うよ、ということを教えていってあげてください。」と頼みました。
最後にお父様は「よかれと思ってやっていたことが裏目に出ていたのですね。これまでの3年間の接し方がトラウマにならないかが心配です。」とおっしゃいましたが、わたしはこう言いました。
「今の息子さんの状態をみているとそこまで深刻な状態ではありません。これからの接し方が大事です。否定せずにそのままを受け入れてあげることです。お父様がそのような意識でいてくださることで息子さんはどんなにか楽になることでしょう。「吃音」は、お父さん、ぼく頑張っているよ、もういっぱいいっぱいだよ、というメッセージだったのですね。息子さんを信じてあげてください!」
「とてもよくわかりました。息子をどうこうしようとするのではなく、自分の接し方ですね。思い当たるところがありますので、やってみます。できそうです。とても勉強になりました。ありがとうございました。」と帰っていかれました。
"意識"の変容は、"気づき"があればあっと言う間です。思い直したその瞬間から変わります。ただし、その"気づき"は自分を否定するのではなく、自分を受容できてはじめて起こります。過去は否定しないこと、自分に必要なことが起こっただけ、その経験があって今があると思うことです。「現在」によって「過去」や「未来」は常に変化します。悪しき世代間連鎖を断ち切る鍵は、「自己受容」です!!
「自己受容」に関してはまた改めて・・・。
事実を伝えるとき・・・
(2007. 6.16投稿分)
事実を伝えるときは、ときに相手を傷つけてしまうことがあります。
それによって相手が落ち込んでしまったとき、わたし自身も落ち込みます。
ほんとうにその人のためを想って言ったことでなければ、お互いが傷つき、後悔するばかりです。事実を伝えるときは、慎重さが必要です。
最近、検査結果をそのまま伝えてしまうことにより、あるお母さんをとても傷つけてしまいました。わたしにはとても反省すべき出来事です。もっと慎重に数回の検査を重ね、変わらぬ結果であったときに伝えるべき内容でした。
折りしも今日開いた本のページに、まさにわたしに必要なメッセージがありました。
「話す前に十数えなさい」
・・・口を開き語られた瞬間に後悔するような、導きなき言葉が唇を通っていくままにするくらいなら、静かに何も語らないほうがましです。はっきりものを言うことは、必要のない痛みや苦しみを引き起こすことがあります。ですから、話すことをうまくコントロールし、口を開く前に十数えるようにしてみなさい。人を傷つける言葉を語るには、ほんの一瞬しかかかりませんが、その傷を癒やすには長い時間がかかります。・・・
これから苦しみを抱えたお母さんとともに歩んでいかないといけません。お母さんが抱えてしまった傷を癒やすには時間がかかるかもしれませんが、そこに心をこめて対応するのがわたしの責任です。
第一には検査結果が正しいものか、検査を重ねる必要があります。その結果が同じであれば、そこに必要な情報や方法を提供する必要があります。
そこまでして、あと選択し受け入れていくことに関しては相手に任せることです。
子どもから学びお母さんに学ぶ、・・・そんな存在と直面する出来事に、わたしは成長する機会を与えていただいています。
誠実に慎重に心をこめて対応できる人でありたいものです。
コミュニケーションの達人!!
(2007. 6.10投稿分)
「クリニクラウン」、その存在をわたしは昨日はじめて知った。
ひょんなご縁から「クリニクラウン」さんと直接お話する機会に恵まれた。
「クリニクラウン」とは、医療機関を意味する「クリニック(Clinic)」と、ピエロや道化師をさす「クラウン(Clown)」を合成したことばで、病気やけがで入院している子供たちを慰めるために芸を披露する道化師のこと。日本語では「臨床的道化師」と訳されている。
いやいやしかし、話をきけば彼らは「道化師」ということばに収まりきらないほどの存在だ。
コミュニケーションのプロなのだ!!
医療や看護についての知識や、心理学、子供への接し方などを学び、コミュニケーションについて徹底的に訓練している。
自分たちは、芸を見せているのでもなく、笑わせるのでもなく、その子どもがそのままでいいことをみとめる存在だという。
子どもより子どもらしいスーパー子ども(無防備でわがまま)を目指すという。
そして、「何もしない存在」なのだそうだ。何もできないのではなく、何もしないのがポイント!
失敗やだめなことをして、子どもにしかられるのだそうだ。駄目でどうしようもない存在が子どもを成長させるのだという。子どもが自分から働きかけ、文句を言ったり注意をしたりする存在がクリニクラウン。そこで子どもは、心にたまっていたものを吐き出すことができるという。
また、院内では、「あがり」と「さがり」を見極めるという。「あがり」とは、看護師が呼び出しなどがあって病室に向かうときのこと。「さがり」とは処置を終えてナースステーションに戻るときのこと。
「あがり」のときは急を要していることが多いので、クリニクラウンは相手の導線を開けてスムースに事が運ぶようにサポートしなければならず、そこで相手に声をかけることはもっての外でNG。 逆に「さがり」のときは相手に少し余裕があるときで、今度はそこで声をかけないことがNG。 その人の足の運びを必ず見るという。
まさに相手の動きや表情で何が起きているのかを察知している。気配り心配りが素晴らしい!!
また、子ども、その家族の事情には深入りしないことを心がけるという。次また会えるかどうかはわからないし・・・という。
「クリニクラウン」は表現、コミュニケーションの達人! スーパー子どもであるが、子どもと違うのは、相手の状態や状況によって意識して自分をコントロールできるところ。彼らから沢山の学びをいただいた。
素敵な出逢いに感謝♪
